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【アラベスク】  第17章 来し方の楔



第2節 想われ心 [4]




 正直、ツバサ自身も、あんな場所へ連れて行かれるとは思ってはいなかった。
 だって美鶴、あんなトコロへ行くだなんて言わなかったし。
 じゃあ、事前に言われていたら、行かなかったのだろうか?
 滋賀へまで強引に出向いた自分。
 美鶴が言おうが言うまいが、結果は同じだったのかな。
 ため息を慌てて飲み込む。
 コウ、気にしてるんだろうなぁ。どうして私がここまでお兄ちゃんに執着してるか知ったら、どう思うだろう? コウとシロちゃんの事をまだ気にしてるなんて事が知れたら。
 あぁ、落ち込みそう。こんなんだから私は駄目なんだ。やっぱり、美鶴の言う通り、思い切ってお兄ちゃんをアポなし訪問すべきなのかな。なんだか美鶴が頼もしく思えてくるよ。
 ひょっとして、本当に頼りになる存在なのかも。
 きっかけはどうであれ、今のツバサにとって、一番の相談相手は美鶴であるような気がする。特に兄の件に関しては、他に相談できる相手もいないワケだし。
 あの智論(ちさと)さんって人も知ってはいるけど、相談できる相手ではないし。
 ぼんやりと、窓へ視線を向ける。
 あの人、綺麗な人だったな。それに、なんとなくスッキリとしていて、気持ちのいい人だった。
 滋賀で会って以来、連絡は取っていない。取る必要も無いし、機会も無い。
 美鶴は、会っているのだろうか? 霞流って人と親しい関係のように見えたし。
 親しいっていうより、親密。
 ツバサは視線を落す。
 あの人、霞流って人の事、すごく気にしているふうだった。小さい頃から知ってるみたいだし、本当に親身になってるってカンジだった。それって、ただの幼馴染だから?
 なぜだろう? なぜだか胸が苦しくなる。
 あの人、霞流さんの事を、どう思っているんだろう? 嫌いなふうには見えなかった。
 き、嫌いじゃないからって、まさか好きだってワケでもないでしょう。
 思わず拳を振り上げそうになる。
 バッ バカッ なんでアンタが興奮してんのよっ!
 授業は淡々と進んでいく。午後の授業だ。昼寝をしている生徒も居る。穏やかで、静かで、そんな中で突然拳などを振り上げたりしたら、注目を浴びる事間違い無し。
 ってか、授業中にそんな事する人いないってっ!
 必死に己を落ち着かせる。
 きっと幼馴染だからだよ。そうだよ、小さい頃から知ってる人なんだから、気になっても当然だよ。心配して当然。あの人が霞流って人を好きになるなんて、そんな事ないよ。だって、ほら、あの人、すっごく真面目そうだったし、でも霞流って人はあんな繁華街で夜遊びするような人なんだから。

「えぇ、慎二(しんじ)は優しい人間よ」

 唐突に、智論の顔が脳裏に浮かんだ。
 優しい人なんですね、というツバサの言葉になぜだか泣きそうになり、歪みそうになる顔を琵琶湖へ向けた。優しい人だと呟くその顔には、言い様のない感情が浮かんでいた。
 愛情?
 まさか。だから、それは幼馴染だから。
 幼馴染という存在を、ツバサはもう一組知っている。
 コッソリと、本当にこっそりと背後へ視線を投げる。ツバサよりももう少し後ろの席で、金本聡がつまらなさそうにホワイトボードを眺めている。
 金本くんと美鶴も、幼馴染なんだよね。
 聡の美鶴への愛情は、それはそれは尋常ではない。
 やっぱり、小さい頃から知ってると、愛情って沸くのかな?
 で、でも、美鶴の方が何とも思っていないワケで。
 あぁ、もうっ!
 ツバサは再び前を向き、目を瞑る。
 とにかく、今はお兄ちゃんの事に集中しよう。コウにも美鶴にも、もうこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないもの。
 頭を抱えるような仕草をする。そんなツバサの姿に、聡はチラリと視線を向けた。
 今、こっち見てたよな。
 気付いた時には、相手は再び自分に背を向けていた。
 気のせいじゃない。絶対にこっち見てた。
 何だ? なんでこんな授業中に俺を見る?
 聡はシャーペンをクルクル回して弄ぶ。
 涼木(すずき)が俺を気にする理由。それは、田代(たしろ)
 思わず眉間に皺を寄せる。
 冗談じゃねぇよ。どうしてこうなっちまったんだ?
 休み時間ごとに聡を取り巻く女子生徒たち。聡の威嚇にその数は減りつつあるが、それでも皆無になる事はない。
 美鶴、美鶴はどう思っているのだろう?
 だが聡は、面と向って美鶴の考えを聞く事ができない。付き合ってみれば、などと軽く言われてしまったら、それこそ我を見失ってしまうかもしれない。
 美鶴がそんな事を言うはずがねぇ。美鶴だって、いい加減にわかっているはずだ。俺がどれだけ美鶴を想っているかって事を。
 だが、その美鶴はまったく別の人間に好意を抱いてしまっている。そんな彼女にとって、聡の好意は果たしてありがたいものなのかどうか。
 お前の気持ちは受け取れないと、正面から言われてしまった。聡が傷つくのを承知の上での言葉なのだろう。それがわかるから、こちらもキツい。
 俺がショック受けるってわかっていて、それでも言うのかよ。それくらい、霞流の事が好きなのか?
 愕然とする。
 美鶴、お前は俺を傷つけても、それでも構わないのか? 俺が傷ついてもショックを受けても、お前は全然平気なのか? 霞流を振り向かせるためだったら、何だって言うのか? するのか?
 何だって。
 聡の耳に、瑠駆真の声が響く。

「美鶴が、夜の繁華街を徘徊しているという噂、お前は知っているか?」

 あのくだらない噂か。
 最初はそう思った。だが、瑠駆真の表情がその考えを否定した。
 美鶴は言った。そんなのは単なる噂だと。母親の店に出入りしている姿を見られたのではないかと言っていた。
 嘘だと思った。問い詰めようとして、だができなかった。それは、途中で田代里奈が出てきたからだ。
 田代っ!
 怒りで机を叩きそうになる。
 いつもアイツだ。いつもアイツが邪魔をする。







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